アジアの尾根遺産【フィリピン分室】

東南アジアを中心に夜遊び関連記事を書いてきましたブログ「アジアの尾根遺産」のなかから、フィリピン関連記事だけを移転させました。

タグ:GOGO

今回は「オトコの夜遊びガイド」のご購入者Y2様からいただいたマニラの体験談です。

マニラ風俗の登竜門EDSAコンプレックス(エドコン)にも変化が訪れたようです。

◎エドコンの変化

エドコンに行ってきました。

他のサイトでも見かけましたが、スペースガールがKTVの形式になっているとのことで、この流れは続く、みたいな表記がありましたが、コットンクラブの場所もKTV形式になっていました。(2019.2.13 新装開店でした。)


新・コットンクラブとすべてのGOGOバーに行きましたが、どの店にも2、3人は目を引く子がいました。7:00には行っていたのでその時間帯の話です。


バーファイン、ロングでしました。LD他、総額でP8,000でした。毎晩エドコンに行ったので、他にあまり情報はないです。

 

◎マニラのカジノは

オカダ、ソレア、ドリームでは、ソレアが良かったように感じました。

しかし、エドコン近くのMidas Hotel and Casinoが非常にミニマムが小さく、暇つぶしには最高でした。ルーレット(テーブルタイプでも)20ペソ。

とにかくマニラは最高でした。

◎管理人から

マニラやセブ島のカジノには散々お世話になった?私です。

マニラに年間2ケタ渡航をしていた頃(2003~2006)は、主にクラップスで遊んでいました。ラスベガスは別として、東南アジアのカジノでクラップスが楽しめる場所は貴重だったんです。


フィリピンにミドルステイしていた時期は、同棲していたフィリピーナがいたので風俗にはあまり行かず(行く必要もないので)、ほぼ毎晩カジノ通い。少ない予算で長く楽しめるPaigow Pokerばかりでした。


ブラックジャックや、その変形のポンツゥーンは面白いですが、ツキの無いときはアッという間に手持ち予算が無くなってしまうので。


マカオに渡航を繰り返すようになってから、バカラもたしなむようになりました。ことバカラに関しては、フィリピンのカジノは最高だと思っています。低いミニマムのテーブルでも、絞らせてくれるからです。

絞りのないバカラ(マシン含む)は、味気ないと思ってしまう私なので。


Y2様がおっしゃるように、安いミニマムで時間潰しが可能なフィリピンは、セレブではないギャンブラーにとって3拍子(酒、女)揃った場所だと今でも思っています。


英語通用度がメチャ高いのもフィリピン夜遊びの大きなメリット。ただし、飯は・・・・ねぇ・・・。トロトロ(庶民の食堂)で口に合うフィリピン料理って、限られてしまうんですよね。

cards-1437776_640

≪モンキー様のコメント≫
振休を間に挟んで連休にしてマニラに行ってきました。エドコンに0:00頃に行ったら「ほとんど連れてかれた」との事。40人在籍の店で10足らずしか残ってませんでした。その後、日本人が入ってくるものの、飲まずにいきなりペイバー、なんかgogoらしくなかったです。

ちなみにお一人様でも手軽にフィリピン料理を食べるなら、MAX Restaurantがおすすめです。それほど高くなくて(ものによりますが)お店が清潔でした。


≪管理人の返信≫
モンキー様、今度はマニラでしたか?!

MAX’s Restaurant のことだと思いますが、私も入店したことがあります。
1945年創業の老舗チェーンですよね。


トロトロ(町の小食堂)は初心者にはハードルが高いのでチェーン店が無難だと思います。


≪モンキー様の再コメント≫
返信有難うございます。エドコンは…地雷踏みました。。。自分にはP.ブルゴスのほうが合うようです。トップレスのBottomsが一番ですが、Ticklesも小箱で人数も少ないですが好きですね。Plan bは激混みで入れなかったです。
あと名前は忘れましたが、客が1人しかいないのに嬢は30人ぐらい群がって来るバーもなかなか面白かったです。振り払うのが楽しかったのは初めてでした(笑)


あ、1つ忘れておりました。レストラン、ご指摘の通りです。「この建物はチキンで建てた」というテーブルマットがひかれていました。鶏肉で有名だそうですね。


≪管理人の返信≫
そうですか、PlanBはそんなに盛況でしたか。

私が入店したのはオープンしてそれほど経っていなかった頃で、余裕で座れましたが。
曜日にもよるのでしょうね。


≪FMW様のコメント≫
エドコンの現在8000ペソズですか、日本円弐万円!?モデルクラスでもとても無理です、しかもスレてるでしょうから

私がマニラによく行ったころはエルミタのホテル1600ペソズ、ランデブー持帰りが500~ペソズ。ブルーヘロンオール持ち帰りが2000ペソズで当時の為替比率1ペソズ1.7円前後。1日滞在費込み総額5~6千円で充分遊べました。


この記事を読んで今後マニラに渡航することはなくなりました。
管理人さんは独身ですか、お金持ちですね。


≪管理人の返信≫
この記事は私自身の話ではありません。
冒頭に書きましたとおり、Y2様の体験談です。


私が初マニラを楽しんだ2002年、まだマニラ・ランデブーは健在でした。
あの頃と比較して嘆いても仕方ないのでしょうけれど、私も2万円出してスレたフィリピーナと遊ぼうとは思えません。



≪管理人より追記≫
このアーカイブ・ブログは、この記事が最後となります。
ご愛読下さった皆さま、ありがとうございました。

今回はお馴染みモンキー様のセブ島体験記です。

私自身はセブ島は随分ごぶさた状態なのですが、現在の夜遊び事情や如何に?


アジアナイトウォーカー様、ご無沙汰しております。今回はセブ島旅行についてご報告します。


アジアの国々は大概行っておりましたが、まだフィリピンには行った事がなかったのと、ジンベイザメと泳げるツアーがあるのを見つけて、友人と行ってまいりました。

bay-1785356_640

◎ビキニバー

とりあえずは屋台村みたいなところで夕飯を食べて、マンゴー・スクエア周辺のビキニバーを覗きに行きました。


噂に聞くアンヘレスならすごいんでしょうが、ここセブのはあまり露出度も高くないので、自分的にはあまり満足できませんでした。タイのGOGOバーで毒されすぎていますので。。。


いろいろと覗きましたが、これといったところもなく、友人は疲れてダウン。

私は別れたあとに、一人でタクシーを拾って少し遠くにあるビキニバーに行きましたが、ここは脱ぎ有りで少し楽しめました。


名前は忘れましたが、ローカル客が多い店でした。

≪管理人注≫セブ島ではGOGOをビキニバーと呼びます。

◎セブ島のポン引き

そのあとにマンゴー・スクエアまで戻ってまた周辺を探索。

見事にポン引きにつかまりましたが、お勧めの子が可愛いかったのでOKを出しました。


ところがこいつのほかにもう一人の男が、道案内だといってついてきます。「お前誰だ?ついてくるな」といってもついてきます。


ホテルに着いたところで、問題が起きました。やっちゃいました、ID無しです。。。少し酔っていて確認を怠りました。

ポン引き男が「ID無しでも使えるホテルがある」といい、タクシーで行くことになりました。


その時に、ポン引きと道案内男が二人ともチップを要求してきましたが、「ホテルが使えずタクシー使う羽目になったから無い」といいましたが、二人とも1,000ペソ、と食い下がってきますので、女の子に「あなたの取り分が減るよ」といったら、彼女がタクシーの中から何か男たちに言ったところ、黙りました。


彼女と交渉して最初は3,000ペソと言っていましたが、2,000ペソになりました。とりあえず男に1,000ペソ払え、というので払い、モーテルへ向け出発。


なんか色々めんどくさかったですが、こういうのももう慣れましたので、普通にタクシーの中でいちゃつき、ホテルでも結構燃えました。

反応も良くいい子だったので、いれば次の日も選ぼうかなと思いました。

◎セブ島観光は

次の日は朝6時集合で、オスロブまで2時間かけてジンベイザメとのシュノーケリングに行きましたが、往きの車はずっと寝てました。

ジンベイザメは大きい上にたくさんいて満足しました。


ただ、旧正月期間だったので韓国、中国人がとてつもなく多く、海に入るまでに3時間待たされたのがつらかったです。


ホテルに戻ってから、夕食を食べに出て、勢い本場のハロハロを食べに、わざわざタクシーで有名店まで行きました。ちなみに本場のものは、ミニストップのとは全然違いました(笑)

 

◎24H営業のマッサージ

その後またマンゴー・スクエアに戻って周辺を探索しましたが、友人は早朝にホテルを出発なので早めに戻り、私は24時間営業のマッサージへ。


このマッサージは一応最後まで出来るようですが、4,000ペソと言われたので、それほどかわいい子でもなかったこともあり2,000ペソで裸+いろいろタッチ+手古希で終わりました。


あまりパっとしなかったセブ旅行でしたが、なんとなく感じはつかめましたので、次回は島内最高と呼び声高いアリーナにも行ってみようと思います。それと空港のあるマクタン島の置屋も行ってみたいですね。

 

◎管理人の感想

モンキー様、ありがとうございました。

私はセブ島の夜遊びで、ホテルからIDを要求された経験がありません。昨今は事情が変わったのでしょうか。

ビキニバーは確かに、過激さはバンコクほどありませんから、過度な期待は禁物でしょう。


アリーナ、覗いたことはありますが、とにかく高いんですよね。旧ブログで書きましたが、カジノやマンゴー・スクエアでずっと格安に、そこそこレベルのフィリピーナをいくらでも釣れたので、敢えてアリーナでテイクアウトしようとは思えませんでした。美人はいましたけどね。

今回の磯仁様レポートはアンヘレス。定番のGOGOだけがヌキ処ではないようで。

 

◎ぶらりと立ち寄った店で

午前中にする事も無いのでマッサージでもと思い入店。

マッカーサー・ハイウェイ側からウォーキングストリートに入って、すぐ右手にあるマッサージ屋。店構えからしてまずまずまともだったので。


受付カウンターにはオバサンが一人、横にマッサージ嬢と思しき25才程の娘が一人。

ウェルカムで迎えられ、メニュー表を見ながらオバサンの説明を聞き、取り敢えずボディマッサージ1Hを選択、料金は400ペソでした。

そこにいたマッサージ嬢が担当らしく、すぐに左側のマッサージ室に案内されます。

入りがけにオバサンが「ハッピーになるよ」って???

 

◎隣の客は

部屋はマッサージ台が並んでおり、カーテンで仕切るタイプの狭いスペースでした。

どうやら先客が隣にいるようで、何やら音楽がガンガン鳴っていましたが、その担当のマッサージ嬢とお客が英語で話しているのが丸聞こえです。どうやらファランのようです。


さて、着替えも渡されないので服を脱いでパンツ一丁になっていると娘が登場、うつ伏せから施術を開始します。

ゆっくりと揉んでもらっていると、ふと隣りの会話が止んでしーんとした後、しばらくしてお互いがフフフッと笑っている・・・って何なんだ??と思いながらもマッサージに集中。


歩き疲れていた為か、やっぱりマッサージは気持ち良いな・・と半ば夢うつつの頃、どうやらお隣さんは施術が終わったようで、と同時に音楽も鳴り止みます。

どうやらスマホで音楽を鳴らしていたようです。お隣りがいなくなると途端に静寂に包まれます。

 

◎いきなりの襲来

と、ここで別の尾根遺産が部屋に入ってくるや、担当のマッサージ嬢と何やら話すといきなり、当方のパンツをズリ下げあそこを掴みシゴき始めるじゃないですか!

そして日本語で「ちん☆ん食べる!」だって!


こちらはうつ伏せでしたので何がなんだか・・・するとその娘は「キャハハハー」と雄たけびをあげながら部屋を出て行きましたよ。

今のは一体何だったんだ?と思っていると、マッサージ嬢が「今度は仰向けになって」と。


そう言いながら嬢はそこを指差してさっそくオプションの提示。あらら、真面目なマッサージだと思っていたのに。

受付のオバサンの言った意味が判りました。どうやらここはその手のお店だったようで・・・まあ嫌いじゃないですが。

 angeles-massage

◎値段交渉

さて娘、こちらが「いくらなの?」と聞くとHJで1,000ペソだそう。

「えーっ、高い!」と思わず言って「口ならいくら?」と聞くと、「自分は出来ない」と。

だってさっきちん☆ん食べるっていったじゃない?と返すと娘、「あれは別の娘」と言いながらその娘を呼びだします。


で、やって来た娘、お顔がエロくて真っ赤に塗った口紅がいかにも、という好きそうな顔!そして言い値が何と「3,000ペソ」だって!

高い!


ついでに聞いてみると☆番なら5,000ペソとこれまたビックリ!

「そこらのBARでも2,500ペソで全部出来るよ」と言うも娘は「BARの娘とは違う!」だって。

よって口と本番は却下して、エロい唇の娘には退出して貰います。


で、こちらのマッサージ嬢、「どうする?」と言うので「要らない」と言うも、「もうこんなじゃない!」と先っぽから先走り汁が出ているのを指差します。

うーん、見透かされちゃいました。


そこで再交渉の結果、娘から「マッサージ代込みで1,000ペソオンリー」との提示で了承。先客のファランもこれだったのですね。

 

◎そしてフィニッシュへ

話が決まると早速娘はオイルをそこに塗りたくってシゴき始めます。

ならばとこちらも嬢へのボディタッチを試みますが、嬢も心得ているのか、こちらの腰に近いところにいるのでどうにも触れません。


そうこうしているうちに嬢の手の動きが早くなってあっけなくフィニッシュ。嬢は最後の律動が終わるまでゆっくりと上下動を繰り返してくれます。まあこれはこれで気持ち良かったです。


終えた後はタオルで丁寧に拭ってくれました。これにてマッサージは終了。受付にて1,000ペソ支払ってお店を後にします。

見ると先程のエロ娘の他にもう一人若い娘が。ここに住んでいるのか?娘はパジャマ姿でした。


三人ともちょっとブサイクではありましたが、昼間に抜きたい向きには手頃かとも思います。

薄手のカーテン一枚の仕切りだけで、向こうのお客に気を遣いながらの行為もなんだか淫靡な楽しさを感じるかも知れません。

 

◎管理人の補足

ちん☆ん食べる!はフィリピンでよく耳にするんですが、アレを聞くと私は萎えるんですよねぇ~日本人スレの象徴のように思えて。


他の東南アジア各地の夜遊びスポットで聞いたこと、ないんですがバンコクあたりならあるんでしょうか。

≪mas様のコメント≫
すみません。
 「チンチン食べる!」この言葉をアンヘレスで最初に教えた本人ですw


2010年1月~行くバー全てで日本語で「こんにちは」をこう言うんだ、そしたら日本人は喜ぶからと言いまくりました。


その後、数年間それを言い続けたらあっという間にこの日本語がアンヘレスに広まりました。


ウソのようなほんとの話です。証人は私の友人しかいませんけど。

磯仁様 申し訳ありませんでした。w


≪管理人の返信≫
mas様、コメントありがとうございます。


「チンチン食べる」はもう20世紀の終わり頃にはマニラで広がっていたように思いますが、アンヘでは知られていなかったんですかね。


≪mas様の再コメント≫
そうでしたか。
もしマニラで広がっていたのでしたら私と同じ発想の人がいたんですねw


私は1998年に初めてアンヘレスとマニラ(EDSA)に行きました。
(ちなみにマニラでも日本語は通じませんでした)

アンヘレスは現在のように東洋人は居りませんでした。

バーで見かけることもほとんどありませんでしたね。

欧米人、オーストラリアンばっかり。
懐かしいですね。


≪管理人の返信≫
そうですか、もうアンヘ歴が20年にもなるのですね!


私の初アンヘは2004年でしたが、まだ当時でもアンヘは退役白人が昼間から飲んでいる田舎街、という印象でした。


その頃はLAカフェでもまだ、東洋人は少数派でしたよね。
韓国人が多数、押しかけてくるようになってからマニラの様相も変わったように感じます。

今回はかつて私がマジ惚れした、フィリピンの女子大生のお話し。

 

◎ブログでも内緒でしたが

実は彼女とはフィリピンで3ケ月半の間、週末同棲をしていました。

その娘は夜間、ウェイトレスのバイトをしながら学ぶ苦学生でした。

親戚宅に寄宿していたので、私の部屋に泊まれるのは週末のみ。


彼女との馴れ初めについては旧ブログの200本目の記事にしていました。

 

◎同僚を案内したGOGOで

後輩とフィリピンに行った時のこと。

いつも1軒目でパートタイム・ラバーを即決してしまう後輩が、その日は1軒目でイイ娘がいたのに指名が叶わず、流れ流れてついに7軒目。


ダンサーを眺めていた私たち。飲み物を運んできたウエイトレスを見て『この娘が一番カワイくない?』 と。


ダメモトで横に座ってくれる?とお願いしたらOKいただいちゃいましたぁ~


エル(仮名)はもうすぐ19歳の学生。

学費を稼ぐためウェイトレスをしていて、接客はしたことないし、日本人とはまともに会話をしたことがない、と。(当然日本語不可)


そんなエルでしたが、なぜか私をメチャ気にいってくれたみたいで。

◎なぜか対抗意識を燃やして

後輩に馬乗りになったGOGOダンサーが【ボディ・ショット】を開始。


するとすでにホロ酔い気味のエルが、妙にダンサーに対抗意識を燃やし、「ワタシだって、プライベートではすごいセクシーダンスするんだから!」なんて言いながらも恥じらっています。


う~~ん、カワイイっっ。


ダンサー嬢が「今夜はカレの上で3回踊っちゃおう」と挑発してきたら「ワタシたちは10回愛し合うんだから!ねっ?」と言い返すエル。


おいおい、俺を何歳だと思っているんだ。。。

それにキミは、そもそもテイクアウト不可じゃないのか??

silhouette-663589_640

◎オヤジのハートを射抜いたセリフ

2時間ほど盛り上がって、後輩は当然ダンサー嬢を持ち帰り決定。

私はまた別の店にでも、、、と思ったら、エルは『あなたのホテルに行く!!』と。


それからが大変でした。

ウェイトレスの彼女は、3時の閉店まで仕事するのが決まり。


別の場所にいるボスに承諾を貰うから
、と何度もメール&電話するエル。


交渉に時間がかかるので後輩を先に帰し、待つこと30分。ボスの最終回答はOKに。 


しかしボスから、ダンサーの3倍ものバーファインを要求されてしまいました。


おカネでテイクアウトされるんじゃない!

この人におカネを払わせないで!


エルのこの言葉に、オヤジのハートはKOされちゃいました・・・


18歳の娘にそこまで言われたら、格好つけざるをえませんよね?「いいんだ、エル。それでキミと2人きりになれるなら」

◎燃え上がる感情のままに

カトリック信者であるフィリピーナは、本気の相手とは避妊しませんよね。

(だから多くのジャピーノがいるわけで)


その晩2回、次の晩も2回。本気でエルを愛しました。

エルも本気で愛してくれました。 


私がナマナカするのは基本、「もしもの時、責任は取る」と決意した、マジ惚れした相手とだけです。


3度目に、私が正常位でFINISHした直後、下になっていたエルがガクガクッと震え、アソコがギュ~~っと収縮、まだ硬い愚息がPush Outされてしまいました。


放出されたばかりの白濁液とともに、、、

OH,MY GOD !!


別れの朝。無邪気な微笑をたたえながら、エルが囁きました。

まだ6回、分割払いが残っているから、必ず返しに来てネ!

 

◎後日談

「責任は取る」と心に誓って、フィリピンに再び渡った私は、賃貸のアパートを探しました。


エルが学業を優先できるよう、大学に払う学費も一部支援しました。


エルが卒業したら、いずれは。。。


そんな中年オヤジの夢想は、3ケ月後のある日突然、終焉を迎えました。


エルが私のデジカメを操作してしまい、ナイトウォーカーとして撮影してきた、遠征先の尾根遺産たちの画像が・・・


そしてエルが不在の平日に、夜の盛り場でGETしたフィリピーナをアパートに連れ込んでいた証拠画像も。

オトコの夜遊びガイド」は現在11都市をカバーしておりますが、スラバヤとジョグジャカルタの2ケ所は人件費抜きだとしても大赤字なので、今後の改訂は予定しておりません。


マニラも採算的には全く合わないので改訂を躊躇していたのですが、マイルで席が取れたので久々の遠征。

◎回想マカティ

私が足繁くマニラに通い出したのは2003年のこと。

エドコンやブルゴスのGOGOの雰囲気は今も当時とさほど変わりませんが、ブルゴスの入口にあった「新宿ラーメン」がすでに無いのは寂寥感が。


タクシーで「新宿ラーメン」に乗り付けて、腹ごしらえして、さぁ出撃! だったのに。

マカティの高級店「イリュージョン」がクローズしていたのにも寂しさが。
20160914_191905

◎回想エルミタ

エルミタでは Red Rooster がクローズ。あそこで出会った尾根遺産、いい娘でした。

再開発で閉鎖予定、とは聞いていましたが、近隣他店は継続営業しているのに。


02年、初めてマニラでの夜遊びに挑戦。

「夜の歩き方」を片手に最初に向かったのは「マニラ・ランデブー」(LAカフェと同類の店)。


あの当時は海外風俗経験値が少なくて、「暗黒魔界」に踏み込んでしまった!みたいな印象でした。


フィリピン料理が口に合わなくて、ランチは「けん太」か、LAカフェ近くのアラビア料理店でした。


そしてランチ後は涼みを兼ねてLAカフェ。

当時のLAカフェは、韓国人とかいなくて日本人もまだ少数派。

白人のたまり場にお邪魔してる、的な。


尾根遺産たちもガッついてなくて、フランス人とサッカー談義に花を咲かせ、アメリカ人にゴチになったり。


GOGOでは、ロハス大通り沿いにあった「CAOS」にもよく通いました。

馴染みの尾根遺産は、ドリンクやチップもねだってこなくて、気立てのいい娘でした。


置屋はスピーディとかジャプラックを覗いて、最終的に牝馬でテイクアウト。あの尾根遺産も、スレてなくてヨカったっけ。


「お客がつかなかったら仕事後においで」とホテルの部屋番号を教えておくと朝の4時頃に来て、一戦交えて、彼女は眠りに。私は仕方なくTV観るだけ。


私が早朝便で帰国するときには、仕事終了後に見送りに空港にも来て。

◎そして、今

他国の風俗を知った今となってはなぜ、あれほどマニラに惹かれたのか、もっと早くジャカルタに行っていたら、とか考えることも。


でも先日、大河ドラマ「真田丸」のなかで、マニラから戻ってきた側室の「たか」がマハル ナ マハル キタと劇中で話していたのを観て、なんか妙に嬉しくて・・・・


やっぱり私の体内には、すでにもうフィリピンの遺伝子が組み込まれてしまっている?のかも。

このページのトップヘ